思考の揺りかご

○○教の総本山(笑)

○○教について。


空飛ぶスパゲッティ・モンスター教というものがある。
いま、僕の手元にはバイブル(『反・進化論講座』)がないし、購入してからまだ一度も読んでいないのだが、電子の海から仕入れた情報をざっくりとまとめて説明しよう!

 

 

反・進化論講座―空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書

反・進化論講座―空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書

 

 


空飛ぶスパゲッティ・モンスター教とは何か――それは、我らがボビー・ヘンダーソンの創始した宗教である。*1

空飛ぶスパゲッティ・モンスターとは何か――それは、この宇宙を創造した神である。

その神なるものは、いかなる姿かたちをしているか――それは、ヌードルの触手を持つ怪物の姿をしているのである。


そう、この世は、宙に広がる無数の星々や我々人間は、スパゲティやらラーメンといったヌードルによって構成された*2恐るべき触手をうねうねと広げながら、自らの創造した透き通るような青い空を滑空する冒涜的な怪物によって生み出された被造物なのである!
我らが祖先の正体を、スライム状生命体だと喝破したラブクラフト御大ですらとんでもびっくりな、実にアンチゴッドな宗教である。

 

 

ラヴクラフト全集 (4) (創元推理文庫 (523‐4))

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うちのメイドは不定形 (スマッシュ文庫)

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僕は、無宗教な日本人の中でも、比較的宗教に興味がある日本人だが、これほどまでにマッドでクールな、そしてペシミスティックではないもののシニカルかつアイロニカルな宗教を他に知らない。
*3こんなに素晴らしい宗教を知らない。だから、そんな冷笑的な、ブラックユーモアに満ちたスパモン教が大好きだ!
どうでもいいことだが(このブログそのものが無意味とか、そんな悲しいことからは目を瞑るもんね!)、僕は伊藤計劃さまの「セカイ、蛮族、ぼく。」が大好きだったりする*4

 

 

The Indifference Engine

The Indifference Engine

 

 


さて、片足の先っぽだけ*5スパモン教につっこんでいる僕だが、実は〇○教(よみ;まるまるきょう)の教祖だったりするのである。*6


〇○教(まるまるきょう)。その教義とは――

『世界をオタク文化によって幸福にしよう!』

というものだ。
来る者は拒まないし、去る者には捨てられた仔犬のような目を画面越しから送るだけで特に実害はないから安心してほしい。
とはいえ、教祖こそ僕ではあるがそれは名ばかりのもので、まあ、著作権的なあれやらこれやらの権利*7が僕にあるというだけで、お布施とかは特にいらない(くれるというなら喜んでいただきますよ!)。
閑話休題。説明を続けよう。
〇○教は多神教である。*8
八百万である。髪の毛一本、米粒ひとつに至るまで神が宿るのだとすれば、現人神が存在したとしても、さしておかしいことではない。

そう、賢明な読者諸君ならばご存知のように、〇〇教の神とはすなわち、

 

オタク文化に貢献しているありとあらゆるクリエイターなのであるッ――!

 

神曲、神聖、矢吹神。あらゆるものに神は宿る。細部にこそ神は宿るのだ。そう、『神とは愛である!』。これが〇○教教義の第二則である。
ラノベ、漫画、ゲーム、アニメ―――とにかくあらゆる作品を造るクリエイターは神であり、自分が好きだと崇めるクリエイター、もしくは作品があれば、あ  な  た  も  立  派  な  〇  〇  教  信  徒  で  す。
無論、肉体がなくても神である。ゆえに好きなキャラクターがいる人もまた、〇○教の信徒である。おめでとう、私は君を歓迎しよう!

また、教義『世界をオタク文化によって幸福にしよう!』における幸福の要件定義は、「他者を不必要に傷つけないよう努力する」というものだ。
ゆえにその帰結として『〇○教はありとあらゆる宗教戦争を行わない』という〇○教教義の第三則が導き出される。
人を救うはずの宗教が、神を盾にして人を傷つける、だなんてことは矛盾している。
もちろん、自分が好きなものを好きだ!、と叫ぶことは構わない。
その慟哭の裏には、誰かわたしと共鳴してほしい!という孤独感がひそんでいるからだ。
孤独なのは誰だって苦しい。苦しいのは誰だって嫌だ。ゆえに、時と場所とシチュエーションさえ考えて叫ぶのなら一向に問題は無いのであるッ――!

さらに、〇○教の教義第三則『〇○教はありとあらゆる宗教戦争を行わない』から、第四則『〇○教は他宗教に関して寛容でなければならない』が導き出される。
他宗教の神を否定してはいけないし、他宗教の信仰に泥を塗ってはいけないし、他宗教の信徒とそれぞれの宗教を巡って争ってはいけないのだ。
言うまでもないが、宗派が違うからといって〇○教の信徒同士で争うことも赦されないし、宗派が同じであっても同様だ。

また、〇○教はその本質からして多様性を肯定している。
まず、ここで我々は再び〇〇教が多神教であることを思い出さなければならない。多神教であるがゆえに、〇○教が多様性を肯定していることは明らかなのだ。
ついでに〇○教は名称からして円が含まれている。これは調和を示す。さらにこの円は、〇○教が信仰する数多くの神の中に至高神が存在するのではなく、この世に存在するありとあらゆる神が同格であることを示している。*9
ゆえに、信徒にもまた立場に差はなく上下は存在しない。すべては円なのだ。
すなわち、〇〇教の第五則とは『多様性を愛し、調和せよ』である。

それゆえ、『〇○教はあらゆる存在を肯定する』が〇○教の第六則となる。
この世のあらゆるものは肯定される。善も悪も、正しさも間違いも、美醜も、悪意も偽善も、とにかくありとあらゆるものは肯定される。正しいから肯定するのではない、すべては肯定されるのだ。

だからこそ、それらの帰結として、『この世界は美しく、そして素晴らしい』というのが〇○教の結論であり、その境地に至ることこそ、幸福のはじまりであり、その終着点である。

なればこそ、その手段として〇○教信徒は、世界をオタク文化によって幸福にしようとするのである。
しかしこれは第一則に他ならない。すなわち、〇○教の象徴たる円環を、教義自体が指し示していることにここで我々は改めて気づくだろう。

この世の本質は円環にある―――

二重の円環……それはすなわち無限である。

この世は可能性に満ちており、それを切りひらくのは、世界を鮮やかに彩るのは〇○教が誇るオタク文化なのだ!!!

私は今ここに祈ろう!

心の底から祝福を送ろう!

信者諸君の人生に幸多からんことを!!

―――調和あれ!

 

*1:近大バーベキューの父とは恐らく関係がない

*2:さしづめ、体は麺で出来ている、といったところか。うっかりこの固有結界のことを想像してしまうと、1D100くらいで正気度ポイントをごっそり削られてしまうであろう……

*3:本気で宗教戦争起こそうとしているスパモン信者の方がいたら、僕はいますぐこのブログをたたんで逃げることになるだろうが

*4:大好きとか言いつつ全然布教していない。このブログの趣旨を一発目から反している。大丈夫か、このブロガー

*5:そう、先っぽだけ。先っぽだけ? 先っぽだけ先っぽだけ!

*6:さらにどうでもいいことであるが、にくじゃが教の信徒でもある

*7:実に頭の悪い説明である。むしろ呆気ないくらい簡単に詐欺師に騙されるんじゃねえの? あ、もしもしぃ? オレオレ!!――

*8:神道ベースの日本文化としてはある意味原点回帰と呼べるかもしれない。

*9:あくまで、〇○教の教義であることを忘れてはいけない。